第一志望、第二志望という言葉をやめる

School 受験日記(兄6年時)

YouTubeでこんなことを言っている先生がいて、大変共感したので紹介します。

「第一志望、第二志望という言葉の使い方を9月以降はやめる」

次の動画です。

過去問の学習方法について話されている内容で、それはそれで参考になりますが、動画の本筋とは違うところで心に刺さりました。(該当部分は2:45くらいから)

ざっとポイントを引用すると、

「第一志望、第二志望という言葉の使い方を9月以降はやめる」

「2月1日の午前の第一志望、2月1日の午後の第一志望、2月2日の第一志望をそれぞれ選んで受ける」

「自己肯定感を持って進学する為に、何日の第一志望を受けるっていう視点をもつ」

という感じです。

言葉遊びかもしれないですがと動画の中で前置きしていますが、すごく大事な視点じゃないかと思いました。(特に親にとって)

(ちなみにこの玉田先生、どこかで見たなと思ったらスタディサプリの社会の先生ですね)

なにがなんでも第一志望!というのは、子供のやる気アップという面を取れば確かに効果はあると思いますが、諸刃の剣ですよね。(別に早稲アカやNNをディスってるのではないです、単に言葉の問題)

現実問題として、中学受験では3人に1人しか第一志望に受からないわけで、確率論からしたら落ちる可能性の方が高いわけです。親としては我が子は大丈夫だろうと思いたいし、子供もその1/3に入れるよう努力するわけですが、同じ位の学力の子供達によるハイレベルな競い合いで、しかも受かっていない子の方が多いという現実はあるので、親としてはそこに向き合っておく必要があると思います。

実際、複数受かった場合にどこにいくかという意味で志望校に順位をつけること自体は必要ですが、それを第二志望、第三志望とかいう言い方で明言しておくことにメリットはないなと思います。

何としても第一志望に受かりたい(受からせたい)、せめて第二志望まで、といった感じの親の思考が、親の焦りを生み、子供を追い詰めていくことにも繋がるのかなと漠然と思いました。よく言われることですが、受験日程を見ながら、子供を通わせたいと思える学校を幅広く見繕っておくことが親の一番の役目なのではと感じました。

そういう意味で、各日程の第一志望、いい考え方じゃないでしょうか。

と言ったそばから、合不合判定テストの志望校登録で第一志望から第六志望まで書かされてズッコケたわけですけども。。。

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