公立の麹町中学校を学校改革して話題になった工藤校長(元校長、現在は横浜創英の校長)について、教育に関心のある読者にはご存知の方も多いと思います。個人的に共感する部分が多いので注目しているのですが、どうやら一斉授業の廃止や学年を越えた学びに本気で取り組もうとしているようです。その辺りを動画からチェックしてみます。
藤原和博氏&工藤勇一氏の対談
工藤校長に関しては色々なメディアで取り上げられ情報も多数ありますが、一番まとまっていると思った次の動画を取り上げます。
ちょっと古いのと、有料のNewsPicksから抜粋したものなので全部を見られないのがとても残念ですが、加藤浩次さんの引き出し方が上手いのもあって分かりやすいと思います。(本記事を読んで興味が出た方は、お試し登録してこの動画だけ見てみるのもありだと思います)
前編:
後編:
対談相手の藤原和博さんも、20年くらい前に東京都初の民間人校長として話題になった人なので、聞いたことがある人も多いと思います。両氏のバックグラウンドをまとめるとこんな感じ。(ともにWikipediaより)
動画の中では色々話がされていますが、改革のポイントを集約すると以下の3点かと思います。
- 一斉授業をやめる
- 全ての人間を当事者に変えて巻き込んでいく
- 「教える」から「学ぶ」へ
それぞれ具体的に見ていきます。
一斉授業をやめる
全員が机を並べて同じ授業を受けるというスタイルは、もう何十年も日本の学校のスタイルとして変わらず続けられてきているものです。これについて藤原氏は次のように話されています。
中学生だと半分以上が塾に通っていて、既に塾で学習をやっている。一方で小学校3年生くらいで落ちこぼれてしまった子もいる。そういう中で、真ん中辺の学力帯に向けて行っている一斉授業がほとんど機能しなくなっている。
これは他のところでも聞きますね。学力層の分布が、普通なら真ん中が多いヒトコブラクダ型になるのが、いまは上下に分かれるフタコブラクダ型になっているので、一番少ない真ん中の層に合わせた授業の意味がない、という話のようです。既に塾でやっているので学校の授業がつまらない、というのは中学受験でもよく聞く話ですね。
これについて、麹町中学校では次の取り組みをされたとのことです。
数学の授業に限ってだが一斉授業をやめた。学ぶ場所も学ぶ教材も学び方もすべて子供が自由に選ぶ。YouTubeでもタブレットのAI型教材でも問題集でも良い。わからないことがあれば先生を呼んだり友達と相談したりYouTubeで調べたりする。
これについての話は3点目で詳しく触れますが、こういう個人に合わせた授業ができるのがデジタル時代ならではであり、ようやく日本の教育も変わるときがきたかも、と期待させてくれます。
全ての人間を当事者に変えて巻き込んでいく
工藤校長は、今の日本社会はいつも誰かに何かのサービスを期待する世の中になっている、ということが問題と捉えています。分かりやすい具体例として次のものを挙げています。
例えばスマホを学校に持って来させたいというとき、学校が校則を決めていればそれに文句を言えばいい。一方で、自分の子供は教育方針としてスマホを持たせない、ただ自分だけ持っていない状態だと辛い思いをするから全員が持たせないようにしてほしいという親もいる。
こういうとき、大抵は学校に対して解決を委ねるというのがよくある光景で、そうなるとどちらに転んでも学校に対する文句は出てくるわけです。常にサービスの受益者としての立場でしかものごとを考えないので、やってもらうのが当たり前、そして自分の思った方向にいかなければ文句が出る、というのが現代社会の大きな問題だというのは私も感じます。
これに対して、当事者になってもらうというのが工藤校長の考える方向性ということです。そして、多数決ではなく誰一人置き去りにしないような方法を、保護者も当事者として話し合いに参加して決めていく、というのが麹町中学校でやってきたことだということです。
当事者になるという意味でもうひとつ、横浜創英での事例がこちら。
コロナ禍でカナダやニュージーランド・オーストラリアの海外研修が全部中止になってしまったとき、生徒に旅行会社を紹介するから代替の旅行を考えないかと提案したところ、4〜50人が手を挙げてきた。この生徒たちで行き先の全く違う7つのコースを企画して、学年生徒にプレゼンして募って旅行へ行った。このコロナ禍で待っている生徒たちはきっと文句を言ったが、当事者になって自分たちで企画したので文句を言わなくなる。
工藤校長が最も意識しているのはこちらの方ですね。表面的には宿題をやめたり一斉授業をやめたりという方がわかりやすくニュースにもなりやすいですが、本質的に見ているのは、先生・生徒・保護者を含めたすべての参加者を当事者に変えていくということだそうです。
これは学校教育だけに限った話ではなく、今の日本が生きにくいと感じるのは、おそらくこの視点が欠けているからではないかと個人的にも思います。
「教える」から「学ぶ」へ
1点目の話と多少重複しますが、(先生が)教える授業、から、(自らが)学ぶ授業へと変えようとしているという話です。
数学はAI型の教材を使ってタブレットを使って授業をしている。それぞれ別々のところを勉強し、躓いたところからやり直すことができる。また分からないところがあれば他の生徒や先生に質問できる。子どもたちは、色々な方法で自分の学び方を探っていくことになり、それは一生の財産になる。教える授業のときは先生の教え方が悪いと批判するが、教えない授業(先生に質問するこのかたち)になると先生に感謝するようになる。これが自立しているということ。
これまでの話で一貫しているのは、受け身になることでやる気がなくなったり批判的になる、そこで自分が当事者となって自ら選択し自ら学ぶ学校を作ろうとしている、ということだと思います。
ここで親目線で心配になるのは、子供に自由にさせたら全く勉強しなくなるのではという疑問ですね。ここについては残念ながらYouTube版ではカットされていたのですが、麹町中の例で、最長で7ヶ月かかったが、辛抱強く待つことで自ら勉強するようになるという話がされていました。
自ら主体的に学ぶ・学び続けるというのはここで改めて言うまでもなくとても大事なことなので、そういう姿勢を身につけようとする教育は非常に興味を惹きつけられますね。新しいことを知る学びというのは本来楽しいことのはずで、我々自身が古い教育システムによって勉強はつまらないものという先入観を植え付けられてしまった感じがします。そういうものを打ち壊してほしいと思います。
横浜創英の今後に注目したい
カットされた中や別のYouTube動画で話されていることですが、いま工藤校長が目指している姿を100としたときに、麹町中でできたことは10くらいでしかないとのこと。そして横浜創英ではあと1年後くらいに100の姿を公表し、その後1年でそれをスタートしたいと話をされています。ということは、2024年の前半には全体像を公表してくれるのかなということで、楽しみに待ちたいです。
もうひとつ、理想の教育像を求めていくことについて一定の支持は集める一方で、大学進学という親のニーズも満たさなければ一時的な評価で終わってしまい世の中には浸透しないという現実もあり、その辺りも気になるところです。
ここについても、自ら能動的に学ぼうとする子供を増やそうとしている横浜創英の手法は、それによって効率的な学習環境ができ学力が向上する、結果的に進学実績も上げられると考えているようです。その結果が出たときが、世の中が一気に動くときのような気がします。
横浜創英については工藤校長が就任して以来偏差値も急伸しているので、この学校単体の経営的目線では既に成功と言えるかもしれませんが、それだけではつまらないので、受験界をひっくり返すくらいインパクトのある結果を出すようになってくれると面白いなと個人的には思っています。
そこまでにはあと数年以上はかかるのかもしれませんが、今後に注目したいです。
最後に、2023年時点での偏差値と合格実績を挙げて終わりにします。
中学入試偏差値(第1回入試):
模試 | 2023 | 2022 | 2021 | 2020 |
---|---|---|---|---|
首都圏模試80% | 49 | 42 | 40 | 40 |
日能研R4 | 45 | |||
四谷大塚80(男/女) | 40 | 37 |
主要大学過去5年間の合格実績(現役生のみ):
卒業生数* | 早稲田 | 慶応 | 上智 | 東京理科 | 明治 | 青山学院 | 立教 | 中央 | 法政 | 学習院 | 成蹊 | 成城 | 明治学院 | 國學院 | 芝浦工 | 日本 | 東洋 | 駒澤 | 専修 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2022年 | 525 | 2 | 2 | 1 | 1 | 21 | 15 | 6 | 12 | 23 | 0 | 5 | 1 | 12 | 10 | 10 | 60 | 29 | 22 | 16 |
2021年 | 413 | 5 | 0 | 1 | 1 | 9 | 5 | 1 | 5 | 9 | 3 | 2 | 4 | 11 | 11 | 1 | 37 | 13 | 8 | 20 |
2020年 | 368 | 2 | 0 | 3 | 2 | 7 | 10 | 11 | 9 | 18 | 1 | 1 | 0 | 9 | 10 | 4 | 18 | 16 | 9 | 13 |
2019年 | 10 | 1 | 2 | 3 | 15 | 9 | 19 | 9 | 20 | 0 | 1 | 3 | 23 | 15 | 3 | 34 | 17 | 10 | 19 | |
2018年 | 1 | 0 | 2 | 8 | 11 | 9 | 7 | 5 | 17 | 4 | 1 | 3 | 15 | 13 | 15 | 22 | 13 | 8 | 27 |
*卒業生数は日能研入試情報サイトより
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